オーストラリアを好きになった経緯(10倍楽しむ!オーストラリア旅行ガイド)

オーストラリアを好きになった経緯

 

オーストラリアを好きになった経緯

私がオーストラリアに興味を持ったのは、小学校5年生頃でした。
私が住む町の近くにある動物園に、コアラがオーストラリアから初めて贈られたと言う情報に、是非とも見てみたいと親に相談をしてその動物園に連れてってもらいました。

当時私の家では、年間2回程度その動物園に小さい頃から遊びに行っていました。

もちろん、パンダのいる上野動物園にも行っていました。自宅でも犬を飼っていたし、動物は大好きでした。なので、我が家では動物園と言う場所は身近な場所でした。

コアラがいる場所には、コアラ館と言う茶色の建物でガラス張りの向うにお目当てのコアラがユーカリの木に腰掛けて寝ていました。

あれがコアラなんだ!コアラと言うグレーの毛並みの動物が、オーストラリアと言う国にだけ住む動物だと教えてもらい・・・オーストラリアと言う場所に行ってみたいと、気持ちが高鳴りました。時代はバブル全盛期で、私から見る大人たちは気前も良く羽振りの良い姿しか映らないそんな景気。

親や祖母にオーストラリアに行ってみたいとお願いしましたが、アメリカドルが1ドル360円の時代。なかなか夢は叶わず、何故か中学2年の夏休みにハワイに行く事になって・・・ハワイの動物園にもいるかも知れないと言われ(結局コアラはいなかった)初めての海外で、英語嫌いだった私は絶対にオーストラリアに行ってみせると誓ったのでした。

それから8年近く経過して、ようやくオーストラリアに行く夢が叶う日がやってきました。
祖母や祖父が、こんなにも行きたがっているのなら連れてってあげようと思ったようです。

私の祖母は、若い頃から海外旅行に行ったりしていました。でも英語はほとんど出来ないのに、良く出かけていました。私が小さい頃も、祖父母の住む家にお留守番をしに母親と行った事もありました。その頃はバブルも崩壊し景気は傾き始めていましたが、海外旅行は行きやすくなっていました。

母親の友人の旦那さんが旅行代理店で働いているので、その旦那さんの案内でオーストラリア大使館に観光ビザを取得して旅行までのカウントダウンが始まりました。

初めてオーストラリアに行ったのは、1995年の3月。
何故3月だったかと言うと、私の学校の関係でお休みが取れそうな時期がちょうど3月ぐらいなら期末テスト後の数日間だった。

初めてのオーストラリアの行き先は、シドニーとゴールドコースト。
観光客には人気の2都市観光するプランでした。シドニーまでは、成田から8時間ぐらい。

テレビや写真などでしか見た事のない観光地を観光して、夜はナイトクルーズなどもしました。
オペラハウスが、石畳の広場の一角にあるなんて不思議に思った。

また、バスでシドニー郊外にある羊のいる牧場へ行きました。
同じ色の屋根が並ぶ住宅街に、これは町の景色を壊さない為に統一されて建てられていると聞いて、日本でもそう言う街づくりすると良いのに?って思いました。

統一感のある風景に憧れました。車で1時間半ほどで、郊外の牧場に行きました。
牧場では、カーボーイに扮したオーストラリア人のおじさんが豪快に羊ショーをしたり、牛の乳搾り体験をして初めて乳絞りをしてこんなにコツのいる作業なんだと初めて経験しました。そして、お昼は食べきれないサイズのオージービーフのバーベキューをしました。

もともとステーキはあまり食べない私は、残すのが申し訳ないから小さくても良いからと声をかけたかったんですが、英語嫌いだったのはその頃も同じで伝える事が出来ず出されたステーキを半分も食べ切れなかったです。

シドニーでの滞在時間も残りわずかな頃、母親と一緒に母親がオーストラリアのブランドローラアシュレを探しに、街に繰り出しました。

ガイドブックに掲載されていた場所を探しながら、それらしきビルの中に入ります。

どれも同じようにしか見えないお店が並ぶ一角に、お目当てのお店があって母親の世代には人気がありそうな感じのお店で、気に入った洋服を試着していた母親。

店内で商品を眺めながら試着が終わるのを待っていると、私よりは年上の女性店員さんがなにやら私に声をかけていた。最初は、私に話しているのか分からなかった。

でも話を聞いてみると、私に話をしている事が分かった。しかし、私は英語が嫌いで学校の勉強もろくにしていなかった。話している事は、なんとか分かるけれども返答をする単語がすんなり出てこない。せっかく優しく声をかけてくれて、返事が出来ないのが物凄く悔しかった。

試着室からまんべんな笑顔で出てきた母親は、その頃英語を少し話すことが出来ていた。なので店員と簡単ながら会話をしていた。
私は母親に、今起きていた事を話すと店員に私の娘は英語が分からなくて、でも親切にしてくれた事を感謝すると伝えると、女性店員も笑顔で大丈夫と答えてくれた。

この出来事を機に、私はなんだか英語が出来るようになりたくなった。
今まで目を向けるのも嫌だった英語が、このオーストラリアに来たから好きになる。

それからすぐに、バイトを掛け持ちしながら自宅近くの英会話教室に一生懸命通いました。2年間通い続けて、なんとか会話らしい事が出来るようになりました。アルファベットすらよく理解していなかった私にも、努力の甲斐があって英語の世界にハマル事が出来ました。

そして、運命のケアンズ旅行がやって来ました。
それは、中学時代の友達と海外に行く事になってなんとなくケアンズに興味を持ってとりあえず行ってみようと思ったのがきっかけだった。季節は、3月でした。

1週間の滞在予定で、市内中心から少し離れたホテルに宿泊しながら過ごしたあの日。

ケアンズの町は、本当に当時はまだ垢抜けずなんとなく古びた田舎町そのものでした。日本人の比率もその当時はまだ少なかったし、すでに日本では携帯電話も小型化されていたのにケアンズではショルダータイプの大きな物しかないような世界に驚いたのを覚えています。

お土産屋も免税店位しか良さそうな場所もなかったし、ナイトマーケットさえまだ青空市場のテント村みたいな場所でした。巨泉のお店もこれと言って普通な感じでした。

様々な観光をしました。グリーン島、キュランダ、ラフティング、ケアンズ半日観光など。日本に帰りたくないと思い始めた頃に、友達が体調を崩してしまい何をすれば良いか分からなくて、ホテルのフロント係の人に事情を話して日本語の通じるお医者さんを呼んでもらったり、飲み物を買うのに近所まで付き添ってもらったり、不安だらけの私たちにそっと優しく手を差し伸べてくれました。

ケアンズの人の優しさに、日本帰国するまでも大変だったけれども勇気をもらって帰国した最初の出会いでした。

2回目は数年後、再びケアンズ行きの格安チケットを購入して私はケアンズに行きました。

しかも一人旅でした。グアム経由でのケアンズの旅、ホテルはオンボロのホテル(現在はもう有りませんが、ライオンズと言うホテル)にしか宿泊出来ず、お金もあまり無かったのに訪問した季節が7月だったので朝晩の冷え込みに準備が間に合わず、現地でトレーナーを購入しました。

4泊6日の短い滞在の中で、のんびりと過ごせるケアンズに惚れてしまいました。

ケアンズは、少し様変わりしていました。

この頃ケアンズセントラルが出来たり、免税店も転居していたり日本人観光客も多くなっていました。

ナイトマーケットも、その頃には今ある屋内式の場所に移り変わっていました。何もちゃんとした事は出来なかったけれども、7月の済みきった青い空に感動して日差しの強い中プールサイドでのんびりと空を眺めていました。

3回目は、専門学校時代の友達と6月に遊びに来ました。

ケアンズって良い場所だよって教えてあげて、半ば強引に旅行先を選んでしまった部分もありました。天候は不安定で、でもフィッロイ島やキュランダ、気球などのオプショナルを楽しみました。

友達には、前回の教訓から帰国するまでは気を許す事はないようにと伝えました。

気が緩むと体調も不安定になりがちなので、自分の身は自分で守る事も含めて無理のない行動日程で過ごしました。

4回目は、2度目の一人旅でした。

どうしてもケアンズに行きたいと言う事もあって、グアム経由で前回よりは少し良いホテルに宿泊して、当時たまたまインターネットで見つけた現地のツアーデスク、オーストラリアンツアースペシャリストのお世話になりました。

こことの出会いがなければ、オーストラリア国内を観光する事は出来なかったと思いました。

当時はまだ、日本人に良心的なツアーデスクが少なくてここも出来てからそんなに時間が経過していない時だったので、社長さん自ら私の思い描いたプランを参考に相談にも乗ってもらい、一緒に写真も撮りました。日本人の奥さんとかわいい娘に囲まれて、日本語も堪能で優しさにすっかり甘えてしまいながら、ケアンズからエアーズロックへ向けて10日間ほどの小旅行へ出かけました。

当時は、ツアーもなくて長距離バスでタウンズビルを経由してテナントクリーク経由、アリススプリングスまで3日ほどかけて移動しました。

アリススプリングスからはキャンピングツアーでエアーズロックを目指しました。ここでもつたない英語でも、ちゃんと受け入れてくれる世界中から集まった仲間たちとの2泊3日のキャンピングツアーが楽しかった。

満点の星空を眺めながら寝袋に入ったり、皆で協力してご飯を作ったり、ハイキングをしたり、もちろんエアーズロックにも登山したり、最終日の夜はアリススプリングスに戻ってホテルでお別れパーティを開いて、皆で盛り上がった。

そしてまた、長距離バスで3日ほどかけてケアンズに戻りました。

良い経験だったと思います。オーストラリアの広さを感じました。


5回目は、9月上旬 前回一緒に行った専門学校の友達と同じ学校の友達を連れてシドニーとケアンズに行きました。

シドニーは定番と言う意味もあり、リクエストに応えて私は2度目の滞在でちょうど友達が誕生日を迎えた時だったので、サプライズにホットケーキでお祝いをしました。

ケアンズは私が行きたかっただけですが、友達も気に入ってくれてホッとしました。国際免許を申請して、レンタカーでキュランダやポートダグラスを案内したりしました。

一人旅の時に何度か出かけて、道にも慣れていたので問題なく過ごせました。

6回目は、また一人旅でした。

2月の暑さと蒸し暑さが残る季節で、のんびりしたい気持ちが知らず知らず冷房の効いた場所に入り浸りながら、夕方になる頃町を散策したりしていました。午前中の涼しい時間帯には、スカイダイビングをしたりしました。

この時はメルボルンとアデレードに行ってみたいと言う計画があり、現地でいつものツアーデスクに相談をしてホテルと航空券を取得して、国内線で移動しました。

飛行機はバージンブルーと言う会社で、飲食する物は全て有料でした。

それを知らずに果物位しか持参していなかったので、困ったのを覚えています。でもとりあえずガイドブックも古い物しかなかったのですが、メルボルンやアデレードではそれぞれ観光をしながら途中グレートオーシャンロードへ行くツアーに参加して、1泊2日ながら野生のコアラを見たり、バーベキューをしたりと楽しみました。

アデレードでは、日本人率が少ないわりと大人の清楚で紳士的な街で、日本語も日本語表示もなく困っていたら現地でガイドをしていた人に助けてもらったり、オーストラリアの人の優しさはどの地域に行っても変わらないと感じました。

7回目は9月中旬、専門学校の友達2人と共にブリスベン、ゴールドコーストとケアンズでした。ゴールドコーストのホワイトライオンが見たいと言うリクエストに応えて、計画を立てて観光しました。

水陸両方の機能を持った車での水面での散歩も挑戦。ゴールドコースト中心部から少し離れたアウトレットで、時間を決めて買い物を。

でもあまりの広さに夕方の待ち合わせ場所で連絡も取れず、2時間近くかかって全員揃ったと言うエピソードも。

この時は、待ち合わせ場所をお互いが勘違いしていたのが原因でした。

ケアンズでは、ほとんど迷わずに行動が出来るのでお互い自由に行動をしていました。

友達2人は、グリーン島でのアクティビティに参加する為に、早朝から船で別行動。

私はのんびり町を散策して、お気に入りのネットカフェでメールチェックをしたりしました。

8回目は、旦那(当時はまだ彼氏)との急遽決まったケアンズ旅行でした。

どうしてもケアンズの良さを彼にも知ってもらいたいと思って、仕事の都合で急遽取れた休暇を利用して、2月の終わりに行きました。この時期は、湿度も高くて暑さがかなり応えるけれども水分補給をしながら、レンタカーでキュランダやポートダグラス、動物園などに行きました。

彼はケアンズも気に入ってくれて、数年後に挙式したい会場を巡りながらのんびりと過ごしました。
彼が好きなガンシューティングなどもお店を探して、一緒に挑戦とケアンズをもっと好きになってもらえるように日程を組みながら滞在しました。

9回目は、専門学校時代の友達(最初に旅行に行った仲間)がケアンズのパームコーブで挙式をする事になったので、参列をしに行きました。

どうしてもケアンズには行きたかったし、友達は旦那さんと2人だけの挙式だったので承認として参列もしました。その時は、更に私に便乗して母親と祖母がケアンズ入りして、挙式には参列はしなかったものの前日の下見には同行して、友達が挙げたアンサナリゾートの綺麗さを見て驚いていました。

この挙式の際、以前からずっとお世話になっている現地のツアーデスクブログで紹介されていた現地のカメラマンへ、友達のサプライズで写真撮影を依頼しました。

しかし偶然にも友達の挙式を当日撮影するカメラマンだったので、式前日に打ち合わせを私がカメラマンと念入りにして、友達にも翌日以降の予定をリサーチしながら挙式も何も知らない顔で過ごして、挙式翌日に友達が出かけたグリーン島での観光の際に、参列は出来なかったもう一人の友達と共にサプライズとしてプレゼントをしました。友達も凄く喜んでいました。

利用したお店はこちら http://la-viephoto.com/ 

後日、ケアンズ中心街で友達と再会しました。その時に、サプライズのお礼を言われ喜んでもらえた事に、ホッとしました。ケアンズの町の小ささが、もたらしてくれた瞬間でした。

そして、記念すべき10回目のケアンズは、5月末 旦那との挙式をする為に訪れました。

思い描いていたケアンズでの挙式は、初めてケアンズに来た時にやって来た動物園で見つけた教会でした。ケアンズワイルドライフチャペルと言う小さなステンドガラスの綺麗な建物が、動物園の奥にありました。

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最初に見つけた時に、こんな場所に教会があるって素敵だなって思いました。

何度も訪れている場所でしたが、いつかここで挙式する事が出来れば良いなって思っていました。最初のコアラとの出会いも含め、私がオーストラリアを知るきっかけとなったあのコアラとの接点が、ここにありました。

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ここのチャペルは、挙式後コアラと写真が撮れると言うプランがあります。大好きなコアラがこの為だけに連れてこられて、写真を撮るので時間はある程度決められていますが誰にも邪魔されずに過ごせるひとときです。

挙式も良かったけれども、このコアラとの写真撮影が一番嬉しかったですね。感動しました。コアラとの出会いがなかったら、きっとオーストラリアにも英語も勉強しなかっただろう。感謝しています。

挙式後、友達の挙式の後にサプライズでお願いしたカメラマンに私たちも写真をグリーン島で撮影してもらいました。開放された空間、そして初めて訪れてからそれっきりだったグリーン島へ。面白写真を沢山撮ってもらい、短い時間の中でグレートバリアリーフを堪能しました。

その日の夜は、パロネラパークの夜のツアーに参加しました。以前、まだ日本でも有名になる前に英語だけのツアーの昼間に参加して良かったので、ぜひライトアップされた景色も見たいと思って参加しました。台風などでの被害で多くの打撃を受けた場所でしたが、日本人御用達ツアーになってしまってちょっと寂しさもありますが、綺麗な景色を楽しむ事が出来ました。

そして、ハネムーン先に選んだのはパースでした。以前から一度は行ってみたい場所のひとつだったので、せっかくなので旦那とリッチに過ごしました。

これと言って都会とかではなかったけれども、どちらかと言うとイギリスやアジアでも東南アジアや韓国、中国系の人たちが沢山いました。のんびりパースの有名な川を眺めたり、キャットバスで市内を観光したりと、食事をする場所があまりなかったのでしっかりとした食べ物は食べた記憶はありませんが、楽しいひとときを過ごしました。

季節的に、ワイルドフラワーの時期とはずれてしまっていたのでお花はあまり見れませんでしたが、紅葉の綺麗な街路地などを散歩したりして過ごしました。

こうして、タスマニア以外の州は全て制覇したオーストラリアですが・・・私の旅は、まだ始まったばかりです。もっと細かく観光したいです。


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